対談 教授 x 学生 第1回

第1回 “疲労”は重要で新しい学問領域だけに研究者としてのやり甲斐は大きい

現在、本学では疲労が起きるメカニズムを解明し、疲労やストレス解消のための運動療法や栄養療法などの研究に取り組んでいます。疲労の基礎的研究を担当するウイルス学講座教授の近藤一博さんに、研究の内容や研究者としての想いなどについて話を聞きました。

わからない部分を自分で発見したい

姫岩

―なぜ研究者への道を選ばれたのでしょうか?

 

近藤

親の勧めもあって医学部に進学したのですが、自分自身は“性格的に医者に向いていない”と思っていました。医者になる気がないので、医学部に行ってもやる気がでません。そんな時に興味を持ったのが、ウイルス学の講義で聞いた”ウイルスに感染すると癌が治ることがある”という話でした。この研究がやってみたくて、学生のころからウイルス学の研究室にお邪魔するようになったのが、研究の道に進むきっかけとなりました。

最初はやる気のない学生でした

ウイルスの研究から生体のメカニズムがわかる

どうしてウイルス学者なのに疲労の研究をしているのですか?

姫岩

―最初は癌との関係でウイルスに興味を持たれたということですが、なぜ今は疲労を研究しているのでしょうか

 

近藤

ウイルスの研究は大きく2つの領域に分かれます。一つはインフルエンザや麻疹などの感染症をどのように防ぐかという研究です。そしてもう一つがウイルスを研究することで生体のメカニズムを解明しようという研究です。
ウイルスが生きて行くためには、生体との密接な関係が必要です。このため、ウイルスを研究するということは、生体を研究することにつながります。例えば、DNAが複製されるメカニズムやがん遺伝子は、ウイルスの研究が発見のきっかけになりました。ウイルスに生体のメカニズムを教えてもらったわけです。

「疲れるとヘルペスが出る」という現象が ウイルスと疲労を結びつけるきっかけになりました

姫岩

―それが疲労という領域にどう結びつくのでしょうか。

 

近藤

私自身、ウイルスの研究で、サイトメガロウイルスやヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)の潜伏感染や再活性化のメカニズムを発見していました。でも、その当時、この研究がどのような病気や生体メカニズムの解明につながるかは分かりませんでした。
そんな中、1999年に疲労を研究する国家プロジェクトが立ち上がりました。疲労は、我慢強い日本人にとって“国民病”とも言える重要な問題で、当時からうつ病や過労死などの深刻な社会問題をひきおこしていました。また、疲労のメカニズムは全く不明で、その解明はノーベル賞級の価値があると考えられました。このため、疲労の国家プロジェクトはとても大きいプロジェクトとして組織され、私も参加する機会に恵まれました。
研究の鍵となったのは、「疲れるとヘルペスウイルスが再活性化する」という現象でした。ヘルペスウイルスの再活性化メカニズムと疲労のメカニズムに関係があるのでは、と考えました。ヘルペスウイルスに疲労のメカニズムを教えてもらおうと思ったわけです。

“疲労”は万病のもと

疲労の研究って何の役に立つんですか?

姫岩

―疲労の研究というのは重要なことなのでしょうか。

 

近藤

疲労は労働力の低下を招くという経済的な損失に加えて、多くの病気を引き起こす原因となります。疲労によって引き起こされる疾患として有名なのはうつ病ですが、それ以外に心臓病、脳卒中、糖尿病も疲労が重要な原因の一つとなっていることが知られています。疲労の国家プロジェクトが発足した当時は、疲労は日本の国民病と考えられていましたが、現在ではその重要性は世界中で認識されるようになっています。うつ病は、2030年には死因の第一位になるのではなないかと言われており、疲労の問題の解決は待ったなしの状況です。

疲労研究は遅れているとうかがったのですが。

近藤
疲労は世界的に重要性が認識されていなかったこともあり、非常に研究が遅れていました。このため、疲労の原因物質や疲労回復の仕組みなど、疲労のメカニズムに関してはほとんど分かっていませんでした。ただ、疲労の国家プロジェクトでは、非常に多くの研究者が集まり、疲労に関する研究や情報交換が行われました。この結果、疲労や疲労回復に関係する物質、疲労と疾患との関係、疲労と脳との関係などに関する多くの情報が蓄積され、私も多くのことを学ぶことができました。

姫岩

―そのなかで先生はどのようなお仕事をされてきたのですか。

 

近藤

まず、唾液中のヘルペスウイルスを利用した疲労の客観的測定法を発明しました。次に、疲労によってヘルペスウイルスが再活性化するメカニズムを解析することで、疲労の分子メカニズムを解明することに成功しました。先に説明した、ウイルス研究を利用した疲労の研究です。

 

姫岩

―そのような発見によって疲労研究はどのように変わったのですか。

近藤
疲労を客観的に測定できるようになったことで、仕事や運動が原因で起こっている「生理的疲労」と、うつ症状の一つとして疲労を感じてしまう「病的疲労」を区別することができるようになりました。これは、うつ病の早期発見にもつながる研究成果です。また、疲労の分子メカニズムが分かったことで、疲労を予防したり回復させたりする方法が科学的に研究できるようになりました。さらに、この研究により、疲労とストレスが全く逆向きの作用であることも分かりました。また、疲労と疲労感の発生メカニズムも同じではないことが分かりました。

疲労研究は今、パラダイムシフトの時期にあります

姫岩

―疲労とストレスは違うのですか。

 

近藤

正確に言うと「疲労とストレス応答は逆向きの反応」と言うことです。ストレスという言葉は、もともとはストレス応答のことを指し示す言葉でした。世間一般で言うストレス(肉体や精神への負荷)は、正しくはストレッサー(ストレス源)と呼びます。ストレッサーに対して、「疲れたから休みなさい」と脳が命令するのが疲労で、「もっと無理して頑張りなさい」と命令するのがストレス応答です。

姫岩

―そう言われて見れば、そうですね。疲労と疲労感の発生メカニズムが同じではないというのはどういうことですか。

近藤
最近の我々の疲労のメカニズムの研究では、疲労感だけを抑えて疲労はそのまま残ってしまう場合があることが判ってきました。その例が、エナジードリンクやコーヒーに含まれる抗酸化成分です。抗酸化成分によって疲労感は軽減しますが、疲労そのものは回復しません。このため、抗酸化成分を摂取して、疲労が回復したと勘違いして無理して働いていると、あとで強い疲労や疲労感に襲われることになります。

確かに、エナジードリンクを飲むと、 その時は元気になりますが、 後でどっと疲れますね。

近藤
ストレスや疲労感は一例に過ぎませんが、だれもが経験していることの中にも、疲労の研究が遅れていたために意識されなかったということが、疲労には沢山あります。研究が進んだことで物の見方が全く変わるという、まさにパラダイムシフトの時期に疲労研究はあるのだと思います。

新たな疾患予防法の確立を目指して

姫岩

―先生は、今はどのようなことを解決しようとしているのですか。


近藤

今は、疲労がどのようなメカニズムで、うつ病や疲労関連の疾患を引き起こすかを解明しようとしています。また、同時に疲労そのものを予防したり回復させたりする方法も開発しています。この2つの研究が成功すれば、10年後、20年後には、うつ病などの疾患を確実に予防できるようになるはずです。慈恵医大の研究ブランディング事業は、まさにこのようなことを目標にしています。疲労は学問領域として新しいだけに発見の連続で、研究者として大変面白くて、やり甲斐のある世界です。

 

10年後、20年後には、うつ病などの疾患を確実に予防できるようになるはずです。

大事なことが研究できる慈恵医大

慈恵医大は研究のしやすい大学でしょうか?

慈恵医大には、一風変わった研究でも 受け入れてもらえる気風があります

近藤

とてもやりやすいですね。大事な研究であれば、流行の研究でなくても大学が応援してくれるのは本学くらいだと思います。疲労という一風変わった研究の大事さは普通の大学ではなかなか判ってもらえないと思います。

 

姫岩
―どうして慈恵医大はそのようになっているのですか。

近藤
慈恵医大は、良くも悪くも医者の集団ですから、研究が大事かどうかは、研究が流行りに乗っているかではなく、患者にどれだけ役にたつかを基準に自分で判断するという機運があります。また、本学の学祖である高木兼寛の影響もとても大きいと思います。高木兼寛は、当時の国民病だった脚気の予防方法を発見した人です。その研究は、当時主流であったドイツ医学の説を全く無視した独自の理論によるものでした。高木の脚気予防法は、その後、オランダの学者によって追試が行われ、そのオランダの学者は追試の成功によってノーベル生理学医学賞を受賞しました。追試がノーベル賞を受賞するくらいですから、高木の研究がいかに先進的であったかは想像を絶します。この伝統は今でも生きており、慈恵医大では、どんなに先進的な研究でも受け入れてもらえる気風があるわけです。

基礎研究でも臨床研究でも、自分の思いつきで研究が始めやすい環境がととのっています

姫岩
―研究を志す人にとって恵まれた環境だと言えそうですね。

近藤
基礎研究でも臨床研究でも、どちらの方面でも恵まれていると思いますね。どちらの領域も選べますし、共同実験施設の機器類もすごく充実しているので、自分の思いつきで研究が始めやすい環境がととのっています。東京のど真ん中にあるので、他大学の研究者との交流もしやすいというアドバンテージも大きいですね。

私のような慈恵医大の4年生が研究者を 目指すとしたら卒業までに 何をすれば良いですか。

近藤
医学や生物学の研究者になろうとしている人にとって、患者さんに接することができるということはとても貴重な経験になります。実際に病気の人を自分で見ることによって、治療法の研究に対するアイデアが得られるかも知れませんし、患者さんを治したいという強いモチベーションが生まれます。研究者を目指す人にとっては、このような体験は学生の時にしかできませんから、しっかりと臨床の勉強をして、患者さんに接してください。

姫岩
研究に興味を持っている受験生にアドバイスをお願いします。

近藤
意外かもしれませんが、慈恵医大は、研究者を育てることにすごく力を入れている大学です。慈恵医大に入学した人は皆さん医師になるわけですが、医師としての視点で研究を行うことは、生物学の研究にとってとてもアドバンテージが有ります。最近は、社会的にも医師であり研究者であるという人材が求められています。また、医師というのは、社会的にも必要とされている立場なので、心にも余裕が生まれます。経済的な心配をせずに、思い切った先進的研究を進めることができるというのも、医学部出身者の有利な点かも知れないと思っています。

対談者プロフィール

ウイルス学講座
疲労医科学研究センター教授
近藤一博(こんどう かずひろ)

灘高校卒業後、将来何になりたいかが決まらず2年間大学を受験せず、やる気のないまま大阪大学医学部へ進学。4回生の時に研究に興味を持つ。卒業後、大阪大学第三内科研修医を経て大阪大学微生物病研究所博士課程へ進学。大阪大学微生物病研究所助手、スタンフォード大学ポスドク、大阪大学医学部微生物学講座准教授を経て、2003年より本学ウイルス学講座教授、2014年より本学疲労医科学研究センター教授を兼任

医学科4年生
姫岩翔子(ひめいわ しょうこ)

名古屋市立菊里高校を卒業後、多くの大学医学部を受験するもなかなか受け入れてもらえず、3浪して東京慈恵会医科大学に進学。バレー部とJikei CPR Study groupに所属。研究に興味があったため、2年生の時に解剖学講座 岡部研究室でユニット医学研究(※)を選択。成医会などでの発表を通して研究の楽しさを知る。暇さえあれば献血をしている。

※ユニット医学研究とは本学独自のMD-PhDコースのことです。

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