対談 教授 x 学生 第3回

第3回 患者さんに寄り添う気持ちが革新的な治療方法につながった

今回は患者の想いに応えるために、磁気刺激による革新的なリハビリテーション治療プログラム「NEURO(NovEl Intervention Using Repetitive TMS and Intensive Occupational Therapy)」を体系化したリハビリテーション科主任教授の安保雅博さんに、研究の内容や研究者としての想いなどについて話を聞きました。

少子高齢化問題への貢献が目標だった

-学生の頃から研究者への道を志してきたのでしょうか。

 

安保
そんなことは全くありません。私が目指していたのは研究者ではなく臨床家です。特に高齢者のために仕事をしたいと考えていました。
今、少子高齢化が大きな社会問題になっていますが、私の学生時代にすでに予想されていたことです。4年生の時に公衆衛生学の実習でその現実を知りました。老人が多くなるということは、障害者が増えるということです。そこに寄り添う学問が必要だと思いました。
幸い慈恵医大には当時としては珍しくリハビリテーション医学講座があったので、5年生と6年生の時に、リハビリテーション科の授業や実習を受けることができました。

-それ以来、リハビリテーション医学一本ということでしょうか。

 

安保
そうですね。良いリハビリテーション科医は、全身管理がある程度できないといけませんから勉強は大変でした。当時の研修医は手当も少なかったために、アルバイトせざるを得ませんでした。私は他の病院で平日や土日の当直の仕事を沢山させてもらっていて、二次救急の人たちと接する機会が多くあり、揉まれ続けていました。
救急の現場ではレントゲンも自分でとって採血の結果も自分でみなければならないところでしたので、必死でしたが、それで少しは臨床医としての力をつけることができたと思います。2年間の研修医期間を経て、リハビリテーション医学講座に入局したのです。

 

 


-いつから研究をするようになったのでしょうか。

安保
リハビリテーション医学をやる医師は当時から少なくて、私が10人目の入局者でした。全く人手が足りなくて、臨床に追われる日々で研究に割く時間はありません。徹底して実践を通して育てられました。
4年目からは医局長になり、6年目に専門医になった時に、都立大久保病院に出向しました。そこでは2年で約100名の人にリハビリテーション医療を施行し、良くしてご自宅に帰すことをしていました。ご自宅の家屋評価や改造まで、コーディネーター的な仕事もしていました。

アルバイト先の救急の現場で揉まれ続けました。

患者さんの願いに応えるために研究の道へ

-日々、臨床で忙しい中で、どんなきっかけで研究者への道に進んだのでしょうか。

 

安保
ある時、衝撃的なことがありました。入院して1ヶ月が経って歩けるようになった患者さんから「歩けるようになって感謝しているが、手がこれ以上動くようにはならないのは何故なのか」と言われたのです。
脳卒中の場合、発症後ある程度時期が経つと残っている障害は良くならない、というのが当時の常識でした。私が「うーん、教科書にもそう書いてありますからね」と答えると「少しは動くのにそれ以上は良くならないのはおかしい。どこか間違っている」と反論されました。
当時のリハビリテーション医療は、右手が動かなくなったら左手で補うといった「代償学」のアプローチで考えられていて「治療学」の観点が抜け落ちていたんです。患者さんから指摘されて、それに気がつきました。

 

その患者さんの想いが先生を突き動かしたんですね。 まさに建学の精神そのものです。

リハビリテーション医療の古い概念をぶち破る決意で留学しました。

安保
脳卒中で障害が生じた患者さんの願いは「手が動くようになりますか」、「歩けるようになりますか」、「喋れるようになりますか」、「復職できますか」の4つです。代償学ではその願いにあまり応えられません。治療学としてのリハビリテーション医療が必要とされていたんです。
高齢化が進んでリハビリテーション科の患者さんが増えているのに治療学がないのは、これまでの古い概念に縛られているからだという確信がありました。そこで、その壁をぶち破る決意を持って留学することにしたのです。
留学先として選んだのは、スウェーデンのカロリンスカ研究所でした。たまたま神経内科の教授が知り合いだったので連絡をとって留学を申し入れたところ、快く受け入れてもらえました。1998年からです。そこで初めてダンテック社の磁気刺激装置を使えるようになりました。

 

巡ってきたチャンスを活かす勇気を持つ

-それが磁気を使った革新的なリハビリテーション治療プログラム「NEURO(NovEl Intervention Using Repetitive TMS and Intensive Occupational Therapy)」に結びついていくわけですね。どんな研究をされたのでしょうか。

 

安保
磁気刺激装置で頭蓋骨の上から脳を刺激すると、指や腕などを動かすことができました。興奮しました。これをリハビリテーション治療に用いることができると確信しました。そのためには磁気刺激する部分を同定するための基礎実験が必要となります。
運よく4.7テスラという動物用のMRIを見つけ、それを持っているリサーチセンターに籍を移させてもらって、ラットに脳損傷による均一な麻痺を作り出して、機能改善が脳のどの領域で行われるかを同定するという実験を2年間続けて、リハビリテーション治療に合致する答えを見つけることができました。

 

-帰国されてからも同じ研究を続けられたのでしょうか。

 

安保
やるべきことは明確になっていましたが、当時の私は講師で力がありません。青戸病院と柏病院にはリハビリテーション科医がいなく、私がいた本院では2名のリハビリテーション科医で入院や外来患者さんのリハビリテーションを100平米の訓練室で診ていたくらいでしたので、細々と研究を続けるしかありませんでした。
ところが2002年の青戸事件の影響で病院経営の見直しがあり、収益改善策を具申する機会がありました。そこで中央棟の2階の待合スペースをリハビリテーションの訓練施設にすれば、回転が良くなることで収益を3倍以上にできると提案しました。うまく行かなければ自分が責任をとる覚悟でした。

当時の森山病院長が私の提案を即決して受け入れてくれて、3ヶ月で改修工事をして作業療法士を増員してくれました。実際に収益は3倍になり病院経営に貢献できただけでなく、青戸病院と柏病院にリハビリテーション科ができて、私はたぶんそれで2007年に教授になることができました。

チャンスをうまくつかむことができたと思いますね。

多くの患者さんに光明をもたらす研究を

研究にはいくつもの壁がありました。

-そこから本格的な研究が始まったのでしょうか。

 

安保
それまでの7年間でも臨床の合間を縫って、基礎実験をして論文を書き、カロリンスカ研究所で追加研究を行い、夜間に第三病院の研究室で研究を続けていました。そこで見つけた答えを臨床に応用することで、研究を加速させていきました。
ただ、いくつもの壁がありました。例えば、磁気刺激で脳のバランスを整えるためには、週に1万4800発の磁気刺激が必要なことはわかっていましたが、日本では当時週3000発までとある学会で推奨されていましたので、最初の30本の論文は全部英語で書きました。
成果も確実に上がりました。重い麻痺の場合にはボツリヌス毒素を使用し麻痺を改善する治療方法を2010年10月末から開始できました。また、失語症の回復に脳のどの部分が重要なのかをfMRIで同定し、そこに磁気刺激治療をする世界で初めての治療法を生み出しました。

 

治らないとされていた障害が治ることは大きな意味がありますね。

安保
少子高齢化社会では深刻な人手不足に陥ります。そこでは軽度の障害があっても働くことが求められます。良くならないと言われていた障害を治療して復職させることは大変重要です。そのためにはリハビリテーション治療は量だけでなく、質も大事になります。

これからのリハビリテーション治療はリハビリテーション科専門医の指導のもとで、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士が切磋琢磨して質を高めていくことが求められています。そのために本学でリハビリテーション科医を教育し、磁気刺激やボツリヌスを取り入れた治療を全国に広める活動にも取り組んでいます。

大事なのは基礎実験で得た知見を臨床に応用していくことです。本学は脳卒中の急性期治療が進んでいます。そこに質の高いリハビリテーション医療が加わることで、以前は治らないとされていた障害が良くなることを証明してきました。多くの患者さんにとって光明になったのではと思っています。

基礎と臨床の垣根が低いことが慈恵の特色

-研究を志す人にとって本学にはどんなメリットがあると思われますか。

 

安保
私は臨床家です。研究のための研究ではなく、汎用性の高いものを追求しています。基本は臨床研究に反映できる基礎研究が大事であり、臨床で困っていることを解決するためには、基礎研究の先生と基礎実験を重ねていく必要があります。その意味で本学は基礎と臨床の垣根が低く、恵まれた環境だと言えるでしょう。臨床研究を裏付ける基礎研究も沢山慈恵から生まれました。磁気刺激療法の成果は海外の医学の教科書にも数多く取り入れられています。その全てが「慈恵発」です。

 

基礎と臨床のサイクルが ちょうどバランスが取れている感じですね。

安保
私はそう思います。基礎の先生に話を持ちかけて、今まで断られたことはありません。基本的に仲が良くて、その上で“餅は餅屋”としてお互いをリスペクトしているから、ちゃんとした答えが返ってきます。
研究は独立した柱があってこそ成り立ちます。本学にはそうした研究の柱がたくさん立っていますが、それが上で繋がっている感じです。だから基礎実験と臨床のシナジー効果のようなものが生まれているんです。


-本学に入学して良かったと思いますか。

安保
私は決して出来の良い学生ではありませんでした。優秀な仲間の間で低空飛行してきました。そんな私でも受け入れてくれた本学には感謝しかありません。しかも、今は学生時代に目指したことが実現できています。
大学病院の役割は難しいことを簡単にして広めることにあります。リハビリテーション医療に必要なのは“愛”であり、学祖の「病気を診ずして 病人を診よ」の精神と同じです。新しいことに挑戦するとともに、その成果を社会に広めていくことが、本学のこれからの使命だと考えています。

対談者プロフィール

東京慈恵会医科大学附属病院 副院長
リハビリテーション科主任教授 診療部長
安保雅博(あぼ まさひろ)

三重県立桑名高校を卒業後、二浪して慈恵医大に入学。研修終了後、神奈川リハビリテーション病院、都立大久保病院で修練。カロリンスカ研究所に留学後、2000年にリハビリテーション医学講座講師、2007年同講座の主任教授。現在、附属病院の副院長、日本リハビリテーション医学会の副理事長。専門はリハビリテーション全般、脳卒中後遺症のリハビリテーション医療、脳機能画像。

医学科6年生
南高岳(みなみ こうがく)

大分県立大分上野丘高校を卒業後、1浪を経て東京慈恵会医科大学に進学。2年生の時に参加した国際交流会で海外の医学生の教養の深さに衝撃を受け、1年間休学して経済学、歴史学などを独学で勉強する。現在はカリキュラムをすべて修了し、医師国家試験に向けて日々勉強中。趣味は読書。お気に入りの一冊は「組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ」。

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